01




   すまない … すまない …





   ぱらぱらと降り注ぐ、涙の雨。
   ぱらぱらと、ぱらぱらと…止むそぶりを見せない。





   ボクは大丈夫だよ。だから泣かないで…。





   焼け付く様に右目と体が痛む。
   だけど、心配をかけまいとそれを堪えて笑う。
   だけど口から出たのは赤い鮮血で…。
   それでも伝え様と、必死に口を動かす。





   ボクは大丈夫だよ。だから泣かないで…泣かないで…。





   いつもの様に頬を撫でたくても、体は、指は、ぴくりとも動かない。
   その間も、涙の雨は降り注ぐ。





   すまない … すまない … すまない …





   そう言って紅い眼は涙を流しながら、ただひたすら謝り続ける。





   すまない … ギナ …





   夕焼け色の瞳からまた涙が零れ落ちる。 





   ボクは大丈夫だよ。…だから泣かないで … 『   』 ――――――――――――








































   「なか…」

   はっと目を開ける。
   そこにあったのは夢で見たものではなく、白い天井だった。

   「あ…れ……?」

   寝ぼけながら目を擦り、また天井を見上げる。

   「………家の天井って、こんな感じだったっけ?」

   確かクリーム色じゃなかったけ?、と言って首を傾げて数秒後、はっとある事を思い出す。

   「ここ…家じゃなくてホテルだったんだ」

   ぽん、と両手を打ち、すっかり忘れてたよ、と誰に言うでもなく1人苦笑する。
   そして上半身だけを起こし、うんと背伸びをする。
   さすが一流の高級ホテルなだけあってベッドの寝心地は最高。
   もちろん、綺麗に隅々まで掃除された部屋にキッチン、リビングやテラスも文句のつけ様がない。

   「兄さんはいつもこんな部屋に泊ってるのかな」

   そう言って隣りのベッドを見る。
   だがベッドの中は空っぽで、寝ているはずの兄の姿は何処にもなかった。

   「あれ?、兄さん?」

   きょろきょろと辺りを見回すが、やはり兄の姿はない。
   ―――と、ふわりとほろ苦いコーヒーの香りが鼻をくすぐった。
   香りのする方を見れば、リビングへ通じるドアが少し開いていて、コーヒーの香りはそこから漂ってきている。

   「…もしかして」

   ベッドから下り、少し開いたドアへと向かう。
   そしてカチャリとドアを開けると、リビングの椅子に座り新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる兄と目が合った。

   「おはようギナ。よく寝れたかい?」

   そう言ってコーヒーを片手に微笑む兄―――ミクリの姿に、彼と同じ髪色をした青年はふわりと微笑み、おはよう、と返した。












   超有名なトップコーディネーターであり、ホウエン地方現チャンピオンである兄、ミクリと共にカントー地方のとある大きな街へ来たのは、今から2日前の事。
   仕事であまり家に帰ってこないミクリが、いつも留守番ばかりだから…今度仕事でカントーに行くんだけど一緒に行かないか?、と誘って来たのが始まりだった。





   「兄さん、せっかく今日は珍しく朝から仕事がないんだから、ゆっくり寝てれば良かったのに」

   そう言って苦笑する彼の名前は、ギナ。
   ミクリと同じエメラルドグリーンのお尻辺りまである長髪に、同じエメラルドグリーンの瞳。
   そして、女性の様な可愛らしい顔立ちに華奢な体をした、ミクリの6歳年下の弟である。





   「なんだか早く眼が覚めちゃってね」
   「だったら僕も起こしてくれれば良かったのに」
   「ぐっすり寝てたから起こさなかったんだよ。ギナの分のコーヒーも用意しておくから。その間に顔洗っておいで」
   「うん。砂糖とミルクたっぷりでお願いね」
   「分かってるよ」

   ほら早く言っておいで、と言って背中を押すミクリに、もう子供じゃないんだから分かってるよ、と苦笑しながらギナは洗面所へと向かった。












   ギナには2つ、普通の人とは違う所がある。
   その1つは…洗面所の鏡に映るギナの顔にあった。





   額の中心から右目を通り、斜めに走る2本の痛々しい傷痕。
   そして今はパジャマで隠れているが、ギナの体にも右肩から左の脇腹にかけて斜めに走る3本の同じ古傷があった。
   これは昔、ギナが野生のポケモンに襲われ大怪我をおった時の古傷で、顔におった怪我が原因でギナは右目を失明したのだが…
   彼自身とても小さかった為、その時の事はよく覚えていない。

   「(…そう言えば今日、あの時の事…夢で見た様な…)」

   じっと鏡に映る自分の顔を見ながら、そっと自分の古傷に触れる。











   体と右目に走る、激しい痛み。
   口から溢れる鮮血。
   ただひたすら謝り続ける声。





   ―――そして、涙の雨を降らす紅い … あかい ……





















   「………なんだっけ?」

   そう言って首を傾げる。
   だが、いくら思い出そうとしても、目覚めると同時に消えてしまった夢は思い出せず…












   「…ま、いっか」

   その一言で終わらせると、ギナは長い自分の髪をうなじで1つに結んだ。






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